リースティの中川裕介です。 今年は阪東橋の酉の市(二の酉)に行ってきました。相変わらずの人出と活気溢れる街路から元気をもらった気がします。 屋台を見ていてふと思ったのは、同じ種類の屋台でも、例えば「お好み焼き」の屋台はあるところは長蛇の列でも別なところはガラガラです。この日限りの祭典ですから、お客さんが味を知っていて並ぶことは無いはずなので、やはり見た目や呼び込みが上手なのでしょう。屋台でも差別化があるのだと妙に感心しました。 今年も商売の神様にお参りをして、鮎の炭焼きと枡酒を飲んできました。毎年同じ時期なのに、寒さを感じなくなったのは、温暖化のせいなのでしょうか? それとも天然の断熱材(太りました)のおかげでしょうか。

インターネット時代の利便性と弊害について
近年急速に発達し続けているインターネット環境についてのお話です。 インターネットの検索というものは何を調べるのも瞬時でわかり、調べる手間が要りません。例えば、買い物をしようとしたときの値段(最低価格)から、出かけようとしたときの目的地の天気や気温、目的地までの経路や料金、宿泊先の空状況から予約、日常生活のほとんどの事が瞬時に手に入ります。
しかし、ネット上の情報が必ずしも正しくないケースもあり、某大学の教授が学生にネット上の辞書ウィキペディア(Wikipedia)の内容が間違っていたことから論文への使用禁止にしたこともあります。
そのインターネットの普及により、我が不動産業界でも大きな変化がありました。入居希望者は膨大な量の賃貸情報を決して不動産業者の店舗に行くことも無く検索し間取りや地図を印刷することもできます。そのまま近所のコンビニなど店舗状況や交通機関なんでも瞬時に調べることができます。
これがどういうことかといえば、いくら店舗内に多くの情報があって、良い新聞広告を出していてもお客様は集まらなくなってきたということです。
現在の賃貸専門業者であれば、いかに綺麗な図面や写真をネット上に載せられて、しかも検索しやすいサイトに載せているかが空室を埋められる能力となってきています。 いわゆるネットの上に検索しやすく見やすく美しい画面を作ることができるかどうかです。
このインターネットの普及は、人の心も変えつつあるようです。 それは、知りたいことが瞬時に判ってしまう(検索の早い人ならほんの数秒で調べたい回答が得られてしまう)ことから、人間が短気になってきたような気がするのです。 最近の人は、じっくり時間をかけて話し合いを行うことや、コツコツと年輪のように積み重ねる仕事といったようなことは行いません(すべての人ではありませんけれど)。 それと、相手がネットですから会話や文書を作成する能力が低くなってきています。 特に携帯電話からのメールには、文書作成補助ツールが着いていますから、自分で考えながら文書を作成するといった能力は必要ありません。 友人や親しい人に対しての短い文書なことから、主語述語形容詞などいわゆる文法も関係ありません。
そのせいなのか、最近のお客様からのお電話は、誰がどうしたの「誰が」や「自分の名前」が抜けたり、肝心な表現や言葉が抜けたりしているために、主旨を理解することが大変です。
ましてや手書きの手紙となれば、主語述語どころか誤字脱字、表現の間違いなどがごっそりあります。私もあまり人のことが言えるほど上手ではありませんが、いざとなれば辞書を片手に背筋を伸ばして書いています。 文明の進歩によって大事な何かを置き忘れてしまったようです。
本年も株式会社リースティをお引き立て賜りまして、深く感謝しております。当社の全メンバーは常に皆様のお役に立てるよう日々精進しておりますが、なにかお気付のことがありましたらお伝えください。今後ともよろしくお願いいたします。